バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

11月15日

5時,コーヒー店に入ってリモナーデを飲んだ。ここにあなたが一笑に付す話がある。コーヒー店で私は何か食事を摂ろうと思い,黒人のボーイに料理のメニューを持ってくるように命じたのに,彼は絵はがきや象牙細工,羅紗に包んだ板などを持ってきたのである。

市中では何もすることがない。この後に出る最初の汽艇で本艦に帰ることとする。いま弔砲の音が聞こえた。ネリドフ氏の葬儀だろう。

陸上から7時発の汽艇で帰艦した。
我が艦の軍医ナデイン氏は奇妙な人で,上陸の際に何の木かの実をもぎとって食べたのだが,本艦に帰ると腹痛を起こし嘔吐した。
ここにもやはり日本人がいた。たぶん二人である。将校の中に彼を見たという者がいたが,彼らはもちろん間諜であろう。
明日は出航である。ただし朝早くドンスコイに赴かざるを得ない。郵便を出すまで,まだ2,3語を付け加えようと思って帰艦し,ようやくのことで間に合った。
次の航路は長い。約10日を要するとのことである。私はダカールの街を歩きながらも絶えずあなたのことだけを想っていた。もしあなたがここにいたら,この黒人や黒人の婦人と子ども,またはここに住んでいるヨーロッパ人などの見慣れない風俗光景を,きっとあなたは面白がって見物するだろう。
ここは万事が異様である。子どもは素っ裸で市街を走り回って遊んでいる。土人はみなお守りを掛けている。彼らの多くは破廉恥者であると同時に怠惰である。一人の黒人は艦長の許にお金を乞いに来たが,艦長は彼に向かって「あなたは何も働かないからお金が持てないのだ」と言ったところ,黒人は「貴殿はこんなにもたくさんの金銭を持っているのに,どうしてさらに働こうとするのか」と言った。
当地に住んでいるヨーロッパ人はいたって少ない。とくに年老いたヨーロッパ人を見るのは稀である。これは壮年時に少しの間ここに住んでも,多くはこの植民地から帰国するためである。
噂によれば,この地方ははなはだ季候が悪く,猩紅熱も流行するという。果物を買うことができない理由も,あなたは想像できるだろう。
海の中にお金を投じて,黒人に泳いでとらせたロシア貨幣も,この土地では通用しないことが分ると,彼らは我が士官たちと街の中で両替をした。この土地の多くの人は非常にきれいな長いズボンを履いている。白か色染めである。黒人は洋傘を差しているが,みな裸足で歩いている。黒人の婦人は,婦人用のガウンに似た着物やヨーロッパ人用の帽子を被っている。小さい子どもは背中におぶっている。
ここではアラビア人を見かけることもある。住民の宗教はローマカトリックが一部,マホメット教が一部,偶像教が一部である。
市中の貿易は汽船入港の日に営まれるので,そのときには多くは物価が2倍ぐらいに高騰し,品物によってはまったく売り切れてしまって買えないものもでてくる。当地の郵便局は一種異風である。官吏の黒人は室内に座り,人々は街から直接,台のようにでている窓のところに来て用件を済ますのである。

2005/11/15 in  | posted by gen

EntryPrevious | Main | EntryNext



コメント



コメントしてください