バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

12月14日

昨夜の10時から午前1時までの間に汽艇に乗って諸艦を巡視した。これはまったくひとつの旅行である。
天候ははなはだ不良で波は高く,風は強く,波の飛沫を浴びるほどである。風が波を飛ばして,海一面が霧の幕で覆われてしまったようだ。汽艇は激しく各艦の間を行き交い,その艦首に波を浴び,海水は滝のように汽艇に入る。海水の飛沫は我々の眼にも入って観視も困難であった。汽艇の動揺は激しく,そのスクリューが水上に露出して空中で回転することさえたびたびあった。加えて,この夜は真っ暗であった。
私は某船に乗り移った後,カムチャツカに行かざるを得ないことになった。夜は真っ暗で,カムチャツカはどこにいるのかもわからないため,同艦を尋ねまわった。同艦は他の艦よりもいっそう陸から離れたところに碇泊していた。
同艦周囲の海上のできごとは筆舌に尽くしがたい。カムチャツカに乗り移ることはもちろんのこと,同艦の舷から種々の物品を入れて吊り下げた袋を受け取ることさえできなかった。私は雨具外套を着ていたが,それでも全身濡れ鼠のようになった。
端艇から艦に乗り移るのは実にたいへんな苦痛を伴うものであった。汽艇は激浪のために動揺し,あたかも舞い狂うような状態であったから,舷側に艇を近づけることも難しく,もちろんハシゴもその用をなさない。ただ艦から引き降ろした縄梯子が艇の上に来た瞬間にこれに引っ掛けるだけである。そのとたんに手または足を外せば,たちまち海に落ちてしまう。しかもその海中といっても艦の舷と艇との間であり,スクリューに巻き込まれたり叩かれたり,あるいは鮫の餌食になるかもしれない。昨日,一人の士官がこうした状況の中で海に落ちたが,幸いにも海水を浴びただけで無事であった。これは幸運と言える。
私もカムチャツカに乗り移るために,この冒険をし,本船から下げた縄に取り付くとすぐに艇は私の足元を離れてしまった。私は水の上に吊り降りた。昨日のことは忘れようとしても忘れることはできないであろう。今日は少し静かである。
海はまだ荒れている。私は汽船ラツエンタレルに行かなければならない。同船に故障が生じたからである。幸いにも同船に乗り移ることができ,その故障箇所を見ると,修理には少なくとも1時間はかかりそうであった。
また,ようやく汽船に乗ることができた。汽船の動揺は激しく,波に玉のように翻弄され,海水が滝のように流れ込んだ。幸いに本船の舷側から離れたが,本船から投下した綱の端は汽艇のスクリューに絡まってしまった。一時はどうなることかと思われたが,綱をスクリューから離すことができ,十分な注意を払って速度を落とし徐行しながらスワロフに帰艦した。
私が汽船から本船に一筋の縄に吊り下がって移る際に,小言を言いながらこの危険な曲芸を演じていたとき,誰かが「もし君の奥さんが見ていたら,どうだろう」などと言った者がいた。実に危険なことなのであった。

今日,この土地の知事が我が提督と朝食をともにした。知事は小汽船アレルトスワロフに来た。知事の話によると,この地でのこの程度の暴風は普通のことだという。
私は周囲の境遇にまったく飽き,非常に嫌な感じがしてきた。人々はみな,我々の航海はまったく特別の航海であり,極めて困難を伴うものだといったが,まさしくその通りである。特別の航海だが,私は海の「美観」にもまったく飽きてしまった。一日も早くこんな航海は終わってほしいと思う。私は今後一生涯船に乗りたくない。海上の生活は吐きたくなるぐらいに嫌悪感を催す。
故郷を離れての生活は,すべてが不規則である。右を見ても左を見ても破損や修繕などのできごとがないときはなく,四辺ただ破壊を見るだけである。
私が時に一種の感情に打たれて筆をとることさえもあるのは,すでにあなたが読んでいる通りである。このような状況の航海をするのは智恵あるものの仕事ではない。いまこのことは万事において歴々と認められるものである。

2005/12/14 in  | posted by gen

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