バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

12月21日

昨日の天候は実にひどく荒れた。二度とこのような天候に会わないことを願うばかりである。今日は明け方には凪いでいたが,のちに再び烈風となり,風力は11点に達した。甲板上に立っていることはできない。船の周囲は右も左も怒濤の山で囲まれているようである。波は実に40フィートに達した。12時ごろには波はますます高くなり,3,4時ごろになって猛り狂う波はその極度に達した。私はその光景を表現する言葉を知らない。
スワロフはゆれが激しく,船体はギーギーと唸るような音を出した。いたるところに防水の準備をしたのであるが,それでも海水は侵入してくる。甲板に流れ込む水は依然滝のような有様であり,室内は息苦しく居るに堪えない。空気は不潔ではないにしても蒸し風呂の中にいるようである。
海水は砲塔にまでも入り込み,機関室から全甲板上は一個所として海水が侵入しないところはない。甲板上を歩くことなどできず,波のために船の外に洗い流される虞さえある。波は砲塔からブリッジまでも入り込んでいる。風はますます激しくなり,船は大きくゆれる。波は海岸を洗うように船に侵入する。
前方を眺めれば,目前に横たわるのは荒れ狂う怒濤の巨大な壁である。船桁に吊したカッターは激浪のために粉砕され,海中に捨てられた。波がいかにすごいものであるかは,この事実を以て察することができるであろう。
スワロフの後続艦はアレキサンドルである。アレキサンドルが激浪のために高く上げられたとき,スワロフからたびたびアレキサンドルの衝角を見ることができた。また時にはアレキサンドルの艦首が波底を離れて空中に出て,その艦尾だけが波の上にあることもあった。そのときにはこちらからアレキサンドルの甲板全部を見ることもあった。
私は,最初にこれをみたときには信じられなかった。夢でも見ているように思ったものである。
ボロジノはもっともよく激浪に堪えた。烈風はますますその威力を増し,もし戦艦でも巡洋艦でも,その一隻が機関を損傷し,または舵でも壊したら,それですべてが終わりになってしまう。他の艦から補助を与えるなどは思いもよらないからである。このような場合になってしまうと,各艦それぞれ自分のことだけを考えるだけである。
ローランドはついにほとんど激浪に堪えられない状態になった。波はますます猛烈を極め,ローランドに注いでいる。波の侵入を免れようとしてローランドは全速力で猛進し,ついに我々の視界から消えてしまった。暴風も追い風で,波は艦尾から襲うので,これはうまくいった。もしこれが艦首または横舷から来た場合には果たしてどのような運命が待っていたか。
5時ごろにマライヤは機関の一部に損傷を生じた。この艦は停止したが波の上に横になって反転してしまった。この哀れむべき状態を,もしあなたが見たとしたらどうだっただろう。マライヤが海底に沈没するところを全艦隊が見ていながら何の助けも与えることができなかったのである。
波は相重なり,相追って船の上を越していった。艦隊は少しでも効果がないかと小さい帆を掲げたが何の足しにもならなかった。全艦隊は速力を落とさずにマライヤのそばを進航し,機関修繕を勧め,また険悪な天候の回復を待つことを勧めたが,そのときからマライヤを見失った。その存亡はいまは知ることができない。マダガスカルに到着するまでは何もわからない。前途ははたしてどうなるのであろうか。
インド洋も艦隊にとっては難関である。
今日も再び天候の悪化を気遣ったが,いまのところはそんなに激しくはない。昨日のような烈風はこの地方には1週間も続くことがあるという。今夜,暴風が少し凪いだときに雨が降り出し,また暴風雨になった。しかし少しの間であった。この雨がなくとも我々はかなり濡れた。
昨日,提督の食堂で朝飯の際に面白いことがあった。人々はみな順番に席に着いた。このとき波が上甲板を越え,食堂のドアがまだ閉じられていなかったために海水が滝のように食堂に侵入してきた。席に着いた者は一斉に足を縮め,水兵が水をはき出すまでその状態を続けた。
私は先にあなたに送った書面で,ペテルブルグと同じ経度を通過したと書いたが,それは間違いで,私たちは今朝の8時に同経度を通過した。

2005/12/21 in  | posted by gen

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