バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

12月5日

気温はさらに低くなった。いま室外でわずか14度である。12時には錨地に停泊する予定である。
いま我々はますます旅順から遠ざかっているが,喜望峰を回れば次第に旅順に近づく。タンジールからスエズを通って旅順に行く距離と,喜望峰から旅順までの距離は,ほとんど同じである。我々はアフリカを回るおかげでどれほど無用の労を費やしたかわからない。
午後1時50分,我々はついにグレートフィッシュベイに着いた。あまりきれいではない湾である。一方の陸地は断崖絶壁で,もう一方は傾斜している。傾斜している方の陸地に少しの家屋がある。船中から望遠鏡で見てもあまりよくは見えない。
海岸は全部が砂地である。もちろん,ここには電信局も郵便局もなく,ただただ砂地を見るだけである。
いまスワロフの横をポルトガルの砲艦が通り過ぎた(その艦名はリンボボという)。砲艦は,小形の汚れた船である。同艦はいま湾内深く入って投錨した。たぶん我が艦隊が来航してグレートフィッシュベイに投錨したことを地方官憲に通知するために来たのであろう。これはたぶんポルトガルの人たちには意外のことに違いない。しかし私たちは長くは碇泊せず,明晩には抜錨するとのことである。
午後4時,ポルトガルの砲艦リンボボは我が艦隊を一周してスワロフのそばに投錨した。同艦の艦長は,通告することがあるといって我が提督を訪問した。私は未だこの通知が何であったのかを知らない。しかし私たちにとって喜ぶべきことかどうかは疑わしい。
昨日,我が艦隊が到着する前に同砲艦は威嚇のために発砲して湾内に停泊していた石炭船を外洋に追い出した。もちろん,この石炭船は我が艦隊が到着するとすぐ,湾内に入ってきて提督が指定する場所に投錨した。
提督は,ポルトガル砲艦の艦長に,我が艦隊は陸岸から4マイルの地点,すなわち中立海上に投錨したように装って,これを欺き信じ込ませた。しかしポルトガルから,わが艦隊がグレートフィッシュベイに到着したことの通信に接したとの報を得た。このことがどこからリスボンに伝わったのかは非常に不思議である。同地からの命令で,ここに軍隊が派遣されたのである。おそらくは,始終我々を付けねらっている英国人の仕業であろう。
病院船アリョールは艦隊に別れてケープタウンに向かった。
ここから我々はアングルペクウェン,あるいはリベーツに向かうことになる。アングルペクウェンはここから1,000露里のところにあり,明日,ここから3時に出航する。

2005/12/05 in  | posted by gen

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