バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

1月17日

私はクバニに行った。この船はかつてドイツの客船として大西洋を航海していた。船内は広く装飾も豪華を極め,船内はすべて整頓されている。しかしクバニもまた他の購入艦船と同様,軍艦としてははなはだ不便である。船体の周囲は木造で何等の装甲の防御もなく,ただ大きいばかりで備砲も少ない。
私は上陸して書面とハガキを投函した。郵便局の窓の前には人々が集まり,出帆の船に間に合うように投函しようとして押し合っている。ハガキを買おうと思ってしばらく待っていた。郵券はしまっておく間にみなゴム糊が粘りついてしまい用をなさなくなっていたので,ゴム糊が付かないハガキの方がはるかに便利である。ゴム糊がどこにでもあるというものではないので不便なのである。
ある商店でアラビアゴムを買った。街の中の少年には,非常にきれいにロシア語の単語を発音する者がいた。街での物価は非常に高い。艦隊が来航したのを利用して利益を得ようとするからである。商業が活発なのは,いまだかつてなかったほどである。ここに「パリ・コーヒー店」と仰々しい看板を掲げている店があったが,この店の店主の話では,艦隊が出航したら店を閉じてパリに帰るのだという。近頃のような利益を出したのは,いまだないことだという。
私は郵便局からこのコーヒー店に来てトランプゲームに興じた。多くの士官が来てトランプ遊びをしていた。大金を賭けての遊びである。ノシベ停泊中に一度に400フント,すなわち4000ルーブリを賭けたようなこともある。ここで遊んだ後に埠頭に行くと,すでに出帆の時刻になっていた。陸上で4時間ほど遊んで8時ごろに帰艦した。
士官室で多くの新しいことを知った。7時に出航すること,ギンスブルグを経て送られてきた郵便が到着したこと,そしてペテルブルグには数々の事件が起きていたことなどである。
我々はマダガスカルを出航してスンダ海峡に行くのか,あるいは単に艦隊の錨地を他に移すだけなのか,いまなおまったくわからない。今の状態ではどちらに決まってもおかしくない。

2006/01/17 in  | posted by gen

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