バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

1月21日

朝4時から大雨が降った。この雨が降るさまは,これを見ない者は想像もできないような大雨であった。多くの者がこの雨を利用して身体を洗おうとして甲板の上に出て石鹸と雨の淡水で洗浴したことをみても,雨のすごさを察することができよう。この大雨にもかかわらず私はマライヤの甲板の上に立っていたが,一人の男が帽子も被らずに髭だらけの顔で甲板を歩き回っていた。私はほとんどその男に注意を払っていなかったが,その男は突然私のそばに来て,手を伸ばして握手しようとした。たぶん酒に酔った水兵の悪戯だと思ったが,その男は叫んで言った。「僕は君をよく知っている。実にようやく会えた。僕はテトフだ」。これは発狂した戦闘艦アリョールの准士官だと想像した。私も手を伸ばして彼に言った。「君はあまり髭が長くなっていたのでちょっと見ただけでは誰だかわからなかったよ」。本当はそう言うほど髭が長かったわけではない。彼はたちまち声に出して笑いはじめ,君は死を恐れるか,また死を見たことがあるか,と私に聞いてきた。そうして周りを指差して言った。これはみなロシアだ,云々。私は彼としばらく話しをし,彼の状態を見て不快感に打たれた。彼は不潔な甲板を歩き回った。誰も彼を注意せず,彼が思うことを為すにまかせていた。もしかしたら倉口に落ち,あるいはハシゴから墜落するかもしれない。実に気の毒だ。

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(つづき)
12時にマライヤからスワロフに帰艦した。ひどい暑さである。マライヤで働き通しだったため,非常に疲れた。太陽が真上から照りつける状態で働いた。舷側で頭を水で冷やし,ハンカチを頭に巻いた。靴の皮も焼けて足に熱さを感じた。
スワロフに戻ると,ジェムチューグの艦長からの書面を持ってきた者が私を待ち受けていて,同艦に行かざるを得なかった。ドンスコイにも行かなければならない。ドンスコイには実に閉口している。ほとんど毎日行かなければならないからだ。
私室で朝食をとった。給仕をしている従卒が「台を上げます」と言った。私は何のことを言っているのかがわからなかったが,彼は木頭を一個持ってきたのである。それは足を乗せるためであった。書面を書き,仕事をするときに甲板が焼けるので非常に不快な思いをするからである。
夜の6時,コルチャコフボロジノドンスコイジェムチューグ等の諸艦に赴いた。ジェムチューグでもスワロフと同様,缶詰の空き缶をコップの代用にしていた。実に困難な航海だ。士官など,とくに水兵らはあらゆる欠乏と不便を忍んでいる。水兵などは身の置き所もない。
病人,犯罪者,罷免者,発狂者,泥酔者などのロシアに帰艦させる人々全員をマライヤに集合させた。艦長には,艦内で艦長の命令に従わなかったり規則に違反した者は,直ちに殺してもよいという大きな特権が与えられた。もし艦長の護衛兵が付いていないときには艦長みずから拳銃を携帯し,命令に背いた者はすぐに銃殺することができる。しかし艦長はたいへん小柄な人である。そういう人が役に立つのだろうか。この船を無事にロシアに帰還させようとするのならば,身体が頑健で決断力に優れた者でなければならない。
艦隊では,この航海中に犯罪者を審理する裁判組織の委員会をつくったが,今日,この委員会による裁判が開かれ,スワロフの水兵を審問した。この水兵は士官に対して不敬侮辱を与えた者で,審理の結果,懲役6ヶ月に処せられた。たぶんマライヤでロシアに送還されるだろう。

2006/01/21 in  | posted by gen

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