バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

1月1日

(ロシア暦では12月19日)
今日,セントマリー島に上陸した。私たちの散歩は,ようやく海岸に到着することから始まった。海は風波が甚だしく,カッターは激浪のためにかなり揺れて,全身濡れ鼠のようになった。私たちは出発したことを後悔した。
この地方の景色はガブンダガール地方と大差ない。どこを見ても熱帯植物が生い茂っている。住民の風俗はまったく別である。この地の住民はガブンダガールなどの人と較べると衣服を纏っている者が多い。フランス人はこの地の住民を信頼せず,ここの兵卒は皆他の地方から募集した者だけである。
マダガスカルでは,最近土地の者が2人のヨーロッパ人士官を殺害した。我が艦隊がここに来たとき,この地の人たちの中には殺害事件を罰するために来たものと想像して逃げていった者さえいた。
セントマリー島はマダガスカルにとってはあたかもサガレン島のようなものである。セントマリー島には2箇所の監獄があり,ひとつは国事犯者の監獄で,もうひとつは刑事犯のための収容所である。
ここの黒人でもっとも奇妙なのは,その歩行態度である。彼らは歩行するのにいずれも姿勢を正しくし,堂々と構えて歩いている。
私は海岸を散歩しながらひとつの村落に行き,旧教の会堂に入った。今日は新暦の元旦である。住民は皆礼服を着ている。村で綺麗な貝殻6個を1フランで買った。海岸を散歩して貝殻50個を集めた。その中の一つは直径6,7インチあった。散歩中も,遠くに碇泊している本船まで風波を冒して(風はまだ強い)カッターに乗って帰らなければならないのかと思うと少し不愉快になった。
本艦に帰還すると,意外にもいま着いたばかりのエスペランスに行かねばならない用事ができた。風波はますます高くなり,スワロフに来訪した2名のフランス人は陸に戻ることができず,艦内に一泊することになった。彼らの乗ってきたカッターの水兵である黒人らは我々乗員と同室に泊まることを許可された。この偶然の来客は,我々の水兵を大いに愉快にさせた。
朝,ローランドが帰ってきて,次のような報告をもたらした。マダガスカル付近で不審な一隻の汽船と日本の駆逐艦を目撃した。日本艦隊の一部はシンガポールに来ている。またフェリケルザムの艦隊がノシベに着いたのを目撃した,というものである。
ペテルブルグからタマタブにはまだ返電はない。明日,フランスからの汽船がその返事を持ってくるだろう。
タマタブでは,我が将校たちは非常に歓迎された。この地ではロシア艦隊の来泊を祝するために,料理店の魚にさえも双頭の鷲と我が国の国旗をかたどっている。

2006/01/01 in  | posted by gen

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