バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

1月9日

艦隊は徐々に,ノシベからあまり離れないように方向を転じて航行している。
午後2時,ローランドが「乗員が反乱を起こした」という信号を掲げ,ベドウイが反乱の沈静を命じられ,もし必要であれば彼らを撃ってもよいとされた。ベドウイはこのように全権を担ってローランドに行き,直ちに鎮定した。反乱の原因は火夫が1名の病兵に交代することを拒んだためであったという。
昨夜はほとんど眠られず,4時に寝たが7時には起きた。
私たちは果たしてどのような事件に遭遇するのであろうか。極東における我が艦隊の殲滅と旅順陥落の後,万事が根本的に一変した。いまや我々は極東に急ぐ必要などはない。我が艦隊の進退を決すべき道はつぎの一つを選ぶのみである。すなわち,ひとつは艦隊が極東に向けて航行を続けること,もうひとつは艦隊が日本沿岸に行く必要が生じるまでどこかで無期限に碇泊するか,またはロシアに帰還させるかのいずれかである。
もし我々がどこかに碇泊して時期を待つとすれば,我が提督はそのまま艦隊にとどまるであろう。しかし提督が辞任すれば,彼の幕僚たちは果たしてどういう運命に遭遇することになるのだろうか。

私はいま座って職務を執っている。懐かしい小ロシア行進曲が流れている。明かり窓から見るとノシベに着いた。甲板に駆け上がって珍しい風景を眺めた。湾内は波静かで周囲は山である。とくにその中の二つは大きな山で,全山森林に覆われ,湾に対して関門のように聳えている。太陽の灼熱は焼けるようだ。
不幸な祖国の残艦はことごとく湾内に集合している。楽隊が行進曲を演奏した。我々が1ヶ月も前にタンジールで別れた諸艦と,ここで合流したのである。ロシアが持っている諸艦はみなここに集まったことになる。これらは何の名誉もなく,恥ずべき滅亡を遂げるのではないだろうか。艦隊はまだ大きいが,それがどれほどの利益を齎すのか。これらも結局は破壊されるか,あるいは海底に沈没するのではないか。あゝ,我が諸艦は大海軍滅亡の大悲劇の一幕を演じようとしているのではないだろうか。

ロジェストウェンスキー提督とフェリケルザム提督とは熱い友情で再会し,お互いに接吻して迎えた。フェリケルザム艦隊の水兵はいずれの水兵かを区別することはできない。彼らはみな海軍帽の代わりに熱帯地方に適した帽子を被っているからである。しかし我が水兵はみな日覆いの付いた海軍帽を被っている。フェリケルザムとエンクイストの両提督はロジェストウェンスキー提督の朝餐に招待された。
新しい情報に接したが,みな不愉快なものばかりであった。この地には電信も郵便もない。駆逐艦は郵便や電報を発するためにマユンゴに遣わされた。この街はここから200露里である。ここにはヨーロッパ人の居住者がいたって少ない。
新聞はいろいろな噂を掲げ,どれとっても真実とは信じられない情報を伝え,旅順は4万余の守備軍が降伏し,その中には約1千の士官がいたという。実に信じられない話である。
日本人の獲物はもう十分である。旅順に沈没した我が軍艦を引き揚げ,その旧艦名をつけたままの軍艦で我々と戦おうとしている。

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フェルケルザム提督はロシアから書面も郵便も来ないという。提督は本国の海軍参謀部に書信を貰いたいと二度も電報を出して求めたにもかかわらず,参謀部はその返信さえもしないとのことである。すでに2ヶ月もの間,家族の消息も知らされない,この850余名の士官に対して彼らペテルブルグに留まっている者たちは,いったいどのような考えを持っているのであろう。彼らは実に冷淡である。彼らは他人のことはどうでもよいのである。

運送船コルチャコフマライヤは,この先艦隊に随伴せず,ロシアに帰すとのことである。我が艦隊は従来どおりの艦隊序列で1月中旬にマダガスカルを出航するようだ。
ブイヌイの艦長が来訪。この駆逐艦には破損した箇所が非常に多いという。明日の朝,同艦に行って修繕の処理を命じなければならない。

我々の前途には一大航海が待っている。どこにも寄港せずにインド洋を横断しなければならない。海上が安全ならば20日でスンダ海峡に到達する。そこから日本まではそう遠くはない。はたしてどうなることか。我が艦隊も旅順艦隊と,その運命を共にするのではないか。ノシベ湾は長崎の港に酷似しているとのことである。

私室に閉じこもっていることはできない。甲板さえ靴の底からその暑さを感じるほど熱せられている。
マダガスカルに向かう途中,我々が遭遇した定期風は,この島に大きな損害を与えた。我々がその難を逃れ得たのは実に天佑であった。感謝しないわけには行かない。スエズを通ってきた艦隊の航海は我々よりもだいぶ容易であった。彼らはたびたび安全な港に入った。その航路も短く,士官や水兵は何回も上陸を許された。それに対して我が艦隊は荒野のような湾に入りながら大旅行をした。水兵は一回も上陸を許されず,士官でさえ上陸を許されたことは非常に稀であった。明日は上陸を許されるとのことであるが,私はあえてこれを望んでいない。陸地は開けざる荒野である。

今夜は明かり窓を開けたまま寝よう。夜はすでに更けた。早く寝なければならない。明日はまた早く起きて湾内を回航し,諸艦を巡視しなければならない。いまのところ破損は少ないようではあるが,ただ発見されないだけかもしれない。明日は自分で巡視することにする。

2006/01/09 in  | posted by gen

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