バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

2月2日

今日はフランスの郵便が到着するはずである。多くの人たちが郵便を待っている。陸上との交通を許されたが,私は上陸する気にならない。上陸する者にゴザを3枚と帽子と郵券を買うことを頼んだ。人々が上陸してから日が暮れるまで戻ってこないのはなぜなのかはわからなかった。

いま郵便物を持ってきて,それを分け始めた。また面白くもないものばかりではないか。その中に私宛のものはあるだろうか。どこかの一地方から発送されただけの郵便ではないか。
私はいまのところ上陸を考えていない。
私たちがオレーグが持ってくると思っていた郵便がフランスの郵便船で25箱も届いた。これを開けてみると,なんとすべては人々の注文したタバコや靴などだけであった。しかもフェリケルザムがジプーチで時間がないために受け取れなかった品物であった。これを受け取った人たちの満足はどんなものであろう。

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(つづき)
郵便はもちろん,みなスワロフに送られた。私は一生懸命この郵便物の処理をした。包みの袋を割き,それを分類し,いちいちその書面がどの艦宛てなのかを大きく声に出して叫んだ。私の周りには他の士官たちが集まって,これらを分配した。各艦からはその郵便物を受け取るために主計官が出張してきて分類している人のそばで押し合って立っている。ようやく多くの郵便物を分類している間に,偶然,私に宛てた郵便物が自分の手に触ったので,すぐにそれを自分のポケットの中に入れた。またときには私を呼んで書面を渡す者もいた。
それらの分類を終えるとすぐに自分の部屋に駆け込んだが,その机の上にもすでに書面となにやら大きな包みの公信郵便物が置いてあった。その郵便物は委員会の艦船建造に関する書類であった。その他の書面はみなあなたからの手紙であった。その書面を手にしてそれを読み,胸が躍ってほとんどなすすべを知らなかった。私室を出て客室に行き,椅子に座って恍惚として湾内を眺めた。
いま従卒が来てボロジノの下士官が私に面会をもとめてきたと告げた。それに驚かされて出ていくと,その下士官は紐で束ねた郵便を私にくれて,それを艦長が自分に配送した郵便物の中から見つけたという。下士官にその労を感謝し,艦長にもよろしく伝えてほしいと頼んだ。郵便が来なかった人はいない。しかしその郵便物の中には,いまリバウまたはクロンスタットで安閑として碇泊している艦船や,旅順ですでに破壊された艦船に宛てたものもあった。しかも,いま建造中の戦艦に宛てたものさえあった。ウラルで砲弾のために死んだポボフに宛てた手紙もあった。その他,発狂してマライヤに収容されたテトフへの手紙もあった。
いまはみな手紙を読み新聞を握りしめてもっぱら心をそれのみに注ぎ,熱心に談笑した。今日の午餐は非常ににぎやかであった。幕僚の多くの者は賞与をもらった。すべての人は故郷からの手紙と贈り物を受け取り,多くの人たちが防寒の物品を得たのは驚くほどであった。それで人々は互いに祝杯を挙げ,祝いの歌などを歌った。嬉しさのあまり泣き出す者さえ二人ほどいた。みななんとなく元気を取り戻したようであった。みな久しく家族からの音信を得なかったから,突然一度にその音信を得たので,その喜びは非常に大きなものであった。もし駆逐艦があなたの電報を私に送ってくれたなら,私の満足はこの上もないのだが。

2006/02/02 in  | posted by gen

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