バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

3月13日

日本はヨーロッパと米国から砲弾・大砲・鋼鉄一切の武装品ならびに食料等を輸入しており,一隻の汽船などはミルクだけを満載したものもあったという確報を得た。日本には運送船からなる一艦隊が到着し,日本の陸軍も海軍も一切の軍需品をもっとも豊富に供給され,物資は川の流れのように輸入され続けられている。しかし一方のロシアは日本とはまったく反対である。
満州では我が兵は飢餓と寒さに苦しみ,着るに衣なく裸足でいる者さえいる。大砲も砲弾も非常に不足し,我が艦隊は日本と比較することさえ恥ずかしい状態だ。
いま我々は碇泊してギンスブールグの汽船レキンが何らかの物資を搭載してくるものと待っている。我々はただ一隻の汽船を待っているのに,我が敵にはこのような船は数十隻もあるのではないか。

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私は預言者ではないが、私の,この言葉を記憶しておくべきだ――日本は3月下旬にはかならずカラフトを占領するだろう。遅くとも4月にはウラジオを封鎖し,あるいはウラジオ付近に日本軍が上陸するのが見られるだろう。
我が艦隊は極東に赴くべきか。ウラジオが我々の到着まで保たれていると仮定し,さらに我が艦隊が日本艦隊に勝利すると仮定しても,果たしてウラジオに到着できるだろうか。到着後,どのようにすべきか。ウラジオには石炭が欠乏し,砲弾・火薬・大砲は皆無である。我が艦隊が1回の交戦において持っているものを発射してしまえばどうなるのか。一方,日本の戦艦は交戦後ただちに佐世保,長崎,その他の諸港に入って迅速にその損害を修理し,新たな戦争のために準備できるのだ。
しかし我々はどうか。ウラジオに1箇所のドックを持っているだけではないか。グロムボイボカチールがその修理のためにどれだけの日数を要したのかを考えてみれば一目瞭然である。ウラジオもまた旅順の二の舞を免れないであろう。しかもウラジオが我々の到着まで保たれ,戦争の結果が日露互いに伯仲の関係にあると仮定しての話である。
我々は大航海をし,大いに疲労している水兵で海戦を行い,かつ我々はなお運送船をも防御しなければならないことを忘れてはならない。
運送船レギンは我々に郵便物を齎すだろう。この船はまもなくここに到着するはずである。あのドイツ海の漁船砲撃の際に同士討ちの砲弾で打ち抜かれたアウローラの破損箇所を一見した。一個の弾痕に至っては砲弾爆発のためにほとんど直角に曲がっていた。
非常に暑い。私は3月14日(ロシア暦の3月1日)には我が艦隊はウラジオに到着するだろうと予想したが,私の予想は大きな誤りはなかった。もし旅順および陸戦の不幸さえなければ,私たちは3月14日にはウラジオに到着の予定だったらしい。私がロシアにいた際に艦隊について想像した日取りとは単に数日の差だけである。
日本は大巡洋艦の建造を迅速に進めている。3月下旬までには,日本では黒竜江を通行する多数の小砲艦をかならず準備するだろう。

2006/03/13 in  | posted by gen

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