バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

3月17日

朝,私たちは再び遠征の途にある。私たちの目的地はいまなお秘密である。
昨夜抜錨前のことを記したが,昨日の朝食後まもなくカムチャツカから連絡を受けた。この艦は冷却機を破損したという。さらに同艦はキングストンを穿ったので海水が浸入し,いまようやく閉塞できたとの報告があった。これはおおいに悲しむべきことである。
私はカムチャツカへの出張を命じられるだろう。この艦に長く留まらざるを得ないと思う。提督に要求が為されたため,私はカムチャツカに赴いた。到着すると大きな騒動であった。機関室の浸水の深さはすでに胸にまで達していた。しかしともかくもキングストンを塞ぐことができた。キングストンの管が開いてしまったのではなく,栓が破損したことが原因であることを確かめた。不注意で栓を切断し,これを管から抜いたために,その隙間から海水が入ったのである。修理をほぼ終え,危険がないことを確認してスワロフに戻った。提督は修繕が完全に終了するまではカムチャツカに留まるよう私に命じたので,再び赴くことになった。汽艇でカムチャツカに行った。こうしてカムチャツカの工事もすべて終え,喜び勇んでスワロフに帰艦すると,またも不意の出来事が私を待っていた。
すなわちアウローラが汽艇を引き揚げることができないとのことである。汽艇の引き揚げに必要な主要部を破損してしまったためである。直ちに同艦に出張して連滑車を巻き始めた。私たちがいかに急いで働いたかはあなたの想像を超えるものである。この仕事は12時から始められたが,3時は艦隊抜錨の時間であったから,いかにしても汽艇を引き揚げなければならない。それができなければこれを放棄せざるを得ないのである。あるいは切断する部分もあれば,挽き切る仕事もある。大騒ぎをして3時間半ですべての仕事を終え,とにかく引き揚げることができた。

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信号が掲げられ,艦隊は錨を抜きはじめた。艦隊の光景はまさに壮観である。各種の艦船,駆逐艦と運送船を足せば45隻の艦船が,いまや舳先を接するように抜錨しようとしている。フランスの駆逐艦は我が艦隊を送って征途の平安を祈った。フランス艦の乗員は万歳を歓呼し,我が艦隊もマルセーユの国歌を演奏した。士官室は元気に満たされた。しかしその元気は長く続くのだろうか。私は満足しているのだろうか。私は自らの感情を判断できない。一方では我が全艦隊の運命を危ぶみ,もう一方では早くあなたに会うことと日本艦隊を撃破する望みも捨てていない。
日本は強い。はなはだ強い。運送船レギンが到着した。この船は日本に脅迫されてその搭載食料品ならびに貨物の一部をポートサイドに陸揚げさせられた。このことをあなたはどのように感じるであろうか。もし日本がそれを欲せば,レギンをここに来させないこともできたはずである。すなわち我等はただ日本が許したものだけを得たに過ぎないのである。見よ,あの一小国(日本)が如何にその力を自覚しているかを。これは軍事上の進歩によるものであることはもちろんである。我々が第三艦隊が来るのを待たずに出航したことを知ったならば,ネボガトフ艦隊の驚きははたしてどのようなものだろう。私の見解では,我が艦隊が第三艦隊を待たずに出航するのは軽挙妄動であって自己の勢力を分離するに過ぎない。このマダガスカルに2ヶ月もの間停泊したのではなかったか。
我が参謀部の一人の士官はある秘密命令を受け,彼は艦隊に来ずにノシベに残った。彼は2ヶ月間滞在の費用を渡された。海軍大尉レドキンがジェオスアレツにいたときにフランス人が彼に告げたのはノシベ出航の期日と今後の碇泊地についてであった。これは3月3日のことである。レドキンはこの予言を記してこれを封じ,私にそれを与えて封書は海に投げ捨てるように言い添えた。これはもとより好奇心の仕業であったが,出航の日が正確であったと仮定されたい。これは実に驚くべきことではないか。フランス人はどこからこのような情報を得たのか。今後の碇泊港はまだ知らされていないので真偽のほどはわからない。

昨日の日暮れから諸艦は灯火を掲げた。地平線上は点々とした明かりで満たされた。これは45隻の大艦隊である。この大艦隊の運動を一致させることは至難である。我が艦隊の占める海面の広さははたしてどのぐらいであろう。
提督は10時までブリッジにおられた。私たちはかなり空腹を感じて食事を摂った。
昨夜突然故障した戦闘艦アリョールは機関を破損したとの連絡をしてきた。艦隊はみな速力を緩めた。アリョールは一個の機関だけで航行した。またアナズイリの機関にも何か故障を生じた。これを修繕するのに1時間も待った。
今日のところは,いままで艦隊には何の別状もない。艦隊の破損の出来事はみな夜間に生じている。
今日は曇天で太陽は隠れている。海は多少の波がある。航海最初の10日間はとくに風雨を免れたいものである。艦の中には石炭を満載しており,それが船の航走力にはなはだ有害なのである。
寝て休息をとろうとしたが暑さで眠れなかった。あなたに話をしたかどうかは忘れてしまったが,私は寝巻きも着ずに寝て,そばに厚紙を置き,目が覚めたときに暑いとその厚紙を団扇の代わりにしている。こうして再び寝るのである。
誰だかは,二枚の網で魚網を編んだ者がいた。いま舷側からその魚網を投じて魚取りをはじめた。天候は静穏で,艦の前後には多くの魚影が見えた。
スワロフとほとんど並行して駆逐艦ビエードエイが航進している。駆逐艦ではすべてのことは甲板上で行い,甲板で生活している。駆逐艦乗員の食事も休息もみな我が乗艦から望見できる。
昨日,キエフから水兵が一人海に飛び込んで溺死した。彼はどのような精神状態にあったのだろう。前途に赴くことを恐れたのだろうか。そうだ。殺されるのを恐れたのだ。このことは不思議にも思えるが,戦争で殺されることを恐れて自殺する者がいるということは私も聞いたことがある。この水兵も戦死を非常に恐れて精神に異常を来たしたものと思う。そのほかにこれを説明できない。
少し風が出てきた。1時間前に一人の水兵が暑さに浮かされてジェムチューグの舷側から海に飛び込んだ。これを救うために救命袋を投げ入れ,端艇を下ろしてこれを助け,幸いに病院船アリョールに泳ぎ着いて同艦に這い上がることができた。彼はいまこの艦に収容されている。

2006/03/17 in  | posted by gen

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