バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

3月21日

正午
朝から一度も筆を取ることができなかった。諸艦船の間を往復したり,私室内の地獄のような灼熱に苦しめられて筆を取るなどは思いもよらなかったのである。いまは少し涼しくなった。27度である。
夜,スワロフで舵を操縦する鉄鎖を切断した。仕事は繁忙を極めたが,私はできるだけそれらを避けるようにした。
今日は朝早く7時には起きた。全艦隊は停止して端艇ですでに石炭の積み込みをはじめた。運送船から端艇で石炭を搬送してきて,それを各艦に転載するのである。
天気ははじめのうちは静穏であったが,ずいぶん波も高くなった。アウローラの汽艇を艦内に曳き揚げたのだが,どのようにこれを繋ぐのかを見ないと心配でなので自分でこれを調べようと思う。またカムチャツカにも赴く予定だ。
ローランドスワロフよりも遠方に停止している諸艦に対して各種の命令を伝えるために行くことになったので,この艦でアウローラに出張することにした。そこで提督用艇でローランドに行ったのだが,これには後悔した。小艇から軍艦に移乗するのはすこぶる危険であって,かつ非常に困難である。
ローランドが封緘命令を伝達しなければならない艦船は9隻であったが11時までにようやく6隻に伝えたに過ぎなかった。各艦はみな遠くに隔たって止まっているため,端艇でいちいち封緘命令を伝送するには非常に多くの時間を要するのである。12時にスワロフに帰艦し,またもローランドから小船で本艦に移乗した。
あなたは,私が小さな貝殻に乗って大洋を往復したと想像してみてほしい。戦闘艦の上から海上を望見すればまったく静穏にみえるが実際はそうではない。各艦を巡訪した際に,みな人々は物珍しそうに我々を眺め,何か珍しいことがないかと質問し,あたかも艦隊の外から来た者のように思っている。封書を伝達するとみな非常に喜んだ。

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3月21日 つづき
まもなく石炭の積み込みが終わって諸艦は進行を始め,我々はさらに前進することになった。
大洋の波に抗しながら汽艇・端艇などの小船を舷側から曳き上げるのは非常に困難である。天気は非常によいというほどではないが,石炭の積み込みは意外に迅速に行われた。
明日,また早朝から石炭積み込みを始める。艦隊は錨を投じて碇泊しているのではなく,ただ機関を止めて漂泊しているに過ぎない。したがって風波に揺り動かされ,各艦の位置は移動してしまうのでたいへん危険である。しかしいまのところ駆逐艦ブイストルイを除けば衝突もなく無事である。ブイストルイはレーウェリでも破損を来たし,ランゲランドあるいはスカーゲンにおいても舷側を破り,いままた運送船と衝突した。
20分前に発進した。夕食は遅かった。いまだに食堂は開いていない。巡洋艦のブリッジに哨兵を置くために桶あるいは箱などを結びつけているが,一種奇妙な感じがする。ある巡洋艦では箱に似た鳥篭を結びつけ,またある艦では単に桶を吊るしただけである。この箱もしくは桶の中に信号兵を立たせて地平線上を望見させる。ブリッジの箱や桶は非常に高く吊られている。もし箱や桶の中にいなければ哨兵はブリッジからたちまち落ちてしまうであろう。いま信号兵は頭と肩を見せているに過ぎない。
またも一様で変化のない遠航を続ける。昨夜は士官室で将校たちが退屈に耐えずにいろいろな遊びをした。犬に蓄音機の音を聞かせたが,ある音声は犬が気に入らなかったとみえて吠え始めた。これを見てみな楽しそうだった。蓄音機は甲板の上に置かれ,そのスピーカー部をまっすぐ犬に向けた。
また警戒すべき夜になった。日本の巡洋艦が近くにいるかもしれない。日本の巡洋艦はいま我々が通過しようとしているイギリス領ススリー島に根拠地を持っているようだ。
我が無線電信部は他国の通信を傍受した。いまは以前に比較すれば危険は一層はなはだしい。前方に進むにしたがって敵艦隊に遭遇するとの予想は次第に強くなった。終日不愉快の感に襲われ,夜になると心が圧迫されるような感じがして煩悶に堪えない。人生のすべてのことが一時にまったく何らの趣味をも感じられなくなった。
日本艦隊が接近しているとの情報があった。いかにすべきかはどうでもよい。私は倦厭に耐えずに過ごす間に退屈し,激怒して万事について悪口批評した。私は,陸軍は海軍を無視して行動し,海軍もまた陸軍とはあえて同じ行動をとらず,海軍はまた小さく分立して互いに他の支隊とは行動を一にしないで各々勝手に行動していると思っている。
3隻(いまは2隻かもしれない)の軍艦は何をしているのか,たぶんウラジオにいるのだろう。我が艦隊はいま極東派遣の途にある。第三艦隊はどこにか遣わされた(我々はその所在を知らない)。またクロンシュタットおよびリバウにおいては(うわさによれば)残存艦が支度をしているとのことである。このように分離された一部隊は他の隊が何をしているのかは知らない。このような状況の中で果たしてその成功を期すことができるのかどうか。陸軍の方も同じような状況にあると思う。どこを見てもひとつの組織機関も秩序を持っていない。
その一方,我が敵はどうか。万事が整頓され,あらかじめ調査がなされ,かつ予定されているのではないか。日本はあらかじめ調査整頓された企画に従って戦争をするものである。我が軍は成功するだろうか。否。そのような能力は持ち合わせていない。もちろん何事も得られないということはなく,我々も勝利を得る可能性がまったくないわけではない。しかし,もし勝利を得たとしても,それは偶然のことに過ぎず,我がロシアは万事が旧式旧組織であって,「大概」ということに依存している。万事を為すにもコエカク(ロシア語で不注意にとにかく,の意)の一点張りである。誰かが洒落て「マカーキがコエカクと戦争する」(すなわち日本の猿たちが「とにかく主義」と戦争する,といういこと)と言うのも偶然ではない。実にこの洒落のとおりである。適当な悪口をいうのも難しい。

オレーグはもっとも速力の速い巡洋艦のひとつであるため,艦隊命令によって全艦隊の殿艦となって航行しており,艦隊の前方と両翼にはその他の巡洋艦が配置されている。巡洋艦の一部と各戦闘艦,駆逐艦,運送船等によって艦隊の中心が形成されている。

2006/03/21 in  | posted by gen

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