バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

3月25日

ドンスコイオレーグは何らかの灯火を遥かに望見したことを報告してきた。その灯火を調査したところ,たぶん英国の巡洋艦だろうとのことである。スウェトラーナが見たという汽船のことはまったくの虚報だったとのことだ。
カムチャツカは汽缶を破損したが停船までには至らなかった。艦隊は遅れ始めたが,疑わしい灯火を認めるとたちまち全力疾走することもある。今日の正午までに私たちはノシベから約2200露里を航行した。静かに航進しているが,しばしば破損事故のために停船する。今日は幸いに停船することは少なかった。

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我が艦隊はいよいよ極東に近づきつつある。まもなく赤道を通過する。いまやウラジオは我々にとってあたかも約束の地(訳者注:約束の地とは昔ユダヤ民がエジプトを出て神から約束されたカナン,すなわちユダヤの国に赴いたが,ユダヤ民はその約束の地カナンに行くためにアラビアの荒野に40年間も漂泊した後にようやくのことでその地に到着した故事を言う)のようである。ああウラジオストク,ああウラジオストク!
しかしもしサガレンとウラジオが私の予想(日本軍に占領されること)通り事実になったならばどうであろう。そのとき我が艦隊はどこに行こうとするのか。艦隊はそのときどうするのか。
石炭積み込みのために次回艦隊が停止する際に,私は朝3時から終日グロムスキーに出張しなければならない。事故は幾分か減った。曳き船の綱の切断も稀になった。シソイのために艦隊は航行を止められたが,この艦にはいつも修理ができない箇所がある。今朝ナヒモフシソイと同様になってしまった。
オレーグからの報告では,昨夜同艦が認めた灯火はずっと同じものではなかったという。彼らは煙突から飛散する石炭の火の粉を船の灯火と見誤ったようだ。
何らかの汽船がいつも我が艦隊を追跡している。その船は日中に地平線から隠れて私たちに見られないようにし,夜には灯火を消して我が艦隊に近づくのである。こうして船の煙突から飛散する火の粉によって船の存在が知られるのだという。
この説はほんとうのようだ。月がない真の闇夜に艦隊がその周囲を偵察するのはたいへん困難である。我が艦隊は遠方からも望見できる灯火を掲げて航行している。したがって我が航路がわかれば,我々を追跡する船が大洋で艦隊を発見し,わからないように艦隊に接近することはいたって簡単である。
暗夜には刻一刻ごとに敵に襲撃される心配はなくはない。私が想像するひとつの憂慮に堪えないことがある。すなわち我が艦隊はサイゴンの某地点にいつまでも無期限に停泊するようなことがあるのではないかという虞である。もしこのようなことがあれば,我々はいかにすべきだろうか。
同地方の官憲が局外中立を厳守して,無期限停泊を許さないであろうと思い,わずかに自らを慰めている。もっとも「中立」とはたいへん便利な巧言である。「中立」はどこの国でも強い方にとって便利だ。現時勢力は日本の方に分があるから,「中立」はいつも日本の利益になる。
我が提督はもし中立港において日本の艦船に出会えば,レシテリヌイが日本に拿捕された例に倣って日本の軍艦を撃沈すると断言されたとのことである。ロジェストウェンスキー提督が果たしてこういうことを言ったのかどうかは私自身は直接耳にしていない。しかし提督の資性を考えると,彼はかならずそのように断行するだろう。ただし,こんなことにならないことを願う。日本人は利口である。彼ら日本人はけっして我がロシアのようにその艦船を分離するような愚は犯さないだろう。願わくは日本が我が艦隊を撃破することがないことを。万一,我が艦隊が日本によって全滅されることがあったとしたら,我が艦隊の滅亡とともにロシアの威力は10年間は滅失する。海軍は容易に復興できないはずだからである。
これに反してもし我が艦隊が日本を海上で破ったとしたらどうか。そうなれば我々は海上領有し,日本は滅亡する。日本はその陸軍に糧食軍需品の供給の道を閉ざされ,どうやっても戦争を継続することができなくなる。そのとき陸軍はどうするか。日本においてさえもまったく食料品の欠乏を告げることになろう。しかし実際にはこのような状況に遭遇するかどうかは疑わしい。もし単に制海権が我が方に帰するがあるとしても,そのとき英米両国はかならず日本に加担するに違いなく,ロシアはこれら諸国と開戦するのを避けるために譲歩するに違いない。いかにサイが投げられたとしてもかならずロシアの不利益に終わるだろう。
ロシアが消費した金額はどれだけのものになるであろう。どれほどの国民を滅亡させたことだろう。この代償でロシアが得ようとするものは何だったのか。ただただ恥辱だけなのではないか。
我がロシアはかつて英国がブーアと交戦した際に,いかに英国を嘲笑したか。またイタリアがアビシニアと戦ったときにもいかにイタリアを嘲ったか。いま満州においてはどのような状況にあるのかは知らないが,遼陽,奉天などの戦闘の日時を遡って考えれば,次回の大戦闘は8月または9月になるかもしれない。もちろんこれは日本が奉天以北に進攻せず,依然として自重しているという前提でのことである。
ロシアには,8月または9月にはその軍隊を集中することができよう。我が陸軍の主力は今どこにあるのか,ハルピンか。あるいはそうかもしれないが,しかしハルピンも放棄して,さらに退却するであろう。
次回の石炭積み込みは二日間続けて行われると思われる。ただし夜間は進航を続けるだろう。

昨日,少尉候補生たちがスワロフには何人の火夫がいるか,汽缶はどこに配置しているのか,といった論争をしているのを聞いた。約1年間も軍艦で航海している者が,いまさらこのようなことで議論しているのである。これは提督の命令で,汽缶のそばで監視を命じられている者たちの論争なのである。たいへん情けないことではあるが,私はこの論争を耳にして実に抱腹に耐えないこともある。私たち自身よりも日本人のほうがかえって我が軍艦のことをよく知っているということだ。さて,あなたは私が艦隊出航前にあなたに言ったことを覚えているだろうか。航海のはじめから私は前述の意見を確認する事例を見続けてきた。我が艦隊がいかなる艦船から編制されていても,またどれだけの艦船を数えられても,私は艦隊に信を置いていない。むしろ軍艦を少なくしてその戦闘力を利用する方がよい。あるいは我が軍が日本艦隊を撃破するかもしれないが,我が勝利は偶然の勝利に過ぎないだろう。
オレーグから電報があった。同艦は舵の電気操縦系統を損傷したという。オレーグはいま蒸気で舵を操縦している。同艦に,明朝カムチャツカにくるように命じ,かつ新規に製作するために次の停船のときに,破損したものをこの運送船に移すことを命じた。

2006/03/25 in  | posted by gen

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