バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

3月28日

今日はグロムスキーに出張するために5時に起こされた。服を着替えるとすぐに端艇でグロムスキーに赴いた。途中カムチャツカに寄って同艦から必要な材料を持ち,潜水夫を伴って作業をはじめてずいぶん長く働いた。最初は作業も簡単にはいかなかったが,後の方では好都合に進んだ。

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駆逐艦の不潔な生活に驚いた。航行中は振動で何も書くことができなかった。実に大きな振動である。今日も駆逐艦の動揺が激しく,机に支持器(机の器物が転落しないようにする装置の器具)を用いなければ何も置くことができない。不潔で煙突からは煤煙が飛び,かつひどい狭隘である。それだけでなく食べ物の粗悪なことは驚くばかりである。グロムスキーに夜11時までいた。食事の時間であったが,食卓にはその準備の様子もない。兵卒に与えるスープを運んでいたが,これをみて一層空腹を覚えた。しかしそれでもなお食卓の用意はされない。
食物としては小魚4尾のほかには何もなかった。グロムスキーカムチャツカの士官数名が移乗していたが,彼らは近くまで来ていた自分の乗艦カムチャツカに伝令管で話し,缶詰とラムネ,その他の食物を送ってくれるように要請した。私も食物を得ようとして鰯,海老,豚肉などを取り寄せることを頼み,それらが送られてきた。みな大満足で菓子を食べた。私たちは食料品を余分に取り寄せて,それらを駆逐艦の士官たちのために残しておくようにした。
彼らがこのような食物に欠乏し,飢餓同様の生活を強いられているのを致し方ないものと平気でいるのをみて,私は実に驚かざるを得なかった。彼らの食料品は運送船イルツイシから供給されるような手順になっていたが,同船は十分にその任務を全うしていない。この駆逐艦の艦長は,その供給を他の運送船に変更するように要請した。私は彼ら駆逐艦乗員の不幸な境遇を特筆して私の力の及ぶ限り艦長の願いを参謀部に伝えて実現させたい。
駆逐艦の生活状態はまったく囚徒の生活に変わりがないように思う。しかも飢餓を我慢する生活である。グロムスキーの食糧供給船をキエフに変更するほうがよい。
私がグロムスキーに乗っていたときに,その遥か遠い海上を非常な豪雨が通過するのを見た。この豪雨が駆逐艦にかからなかったのは何よりの幸運であった。もしこの附近に降ったなら,我々の仕事も妨げられたことであろう。
潜水工事中に潜水夫は何度か鮫に襲われたが,それを見つけるたびに銃を発射し,鮫を撃退した。海水鮮明紫色で深いところまで見ることができる。海中を眺めれば,なにやら巨大な灰色の醜い形状のものが現れる。これがすなわち鮫である。その姿ははなはだ醜く気持ちが悪い形をしている。
グローズヌイにおいて「聖像廃棄者グリーシカ」とあだ名された猿の仲間でワニカという猿を見た。ワニカは大きく成長した。おもしろい猿だ。この猿はスワロフである事件を演出した猿であるが,これを他の艦に移した。グリーシカが「聖像廃棄者」とあだ名されたのは,この猿が室内から聖像を持ち出して,それを舷側から投棄したからである。
もし明日と明後日との2日,石炭を積み込めばスンダ海峡までは今後石炭の積み込みの必要はない。
(後略)

2006/03/28 in  | posted by gen

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