バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

3月1日

駆逐艦ボードルイに一度とカムチャツカスウェトラーナジェムチューグなどに各2回出張した。イルツイシの運命は心配に耐えない。この艦はすでに1月21日にポートサイドに着いたとのことであるが,いまだにここに到着していないのである。各地にこの艦の消息を問い合わせる電報を出している。
艦隊がここマダガスカルに着いてからちょうど2ヶ月になった。わたしがあなたからもらった最新の手紙は12月26日後のものである。もしフランスの郵便船が我が艦隊に郵便物を持ってこないとすれば,はなはだ遺憾である。私たちがノシベを出航して極東に赴くことになれば,いま発送する郵便物や電信と今後の分とは相当の期間が空いてしまうことになろう。しかしけっして心配しないように。このような途絶は自然のことであり,前途は非常に長い大航海なのである。もし天候が悪ければ約20日を要してしまうのである。

続きを読む "3月1日"

我が艦隊の極東発航については多くの者がそれを疑って信じない。実に失望せざるを得ない。もし今後偶然のできごとでも起きない限り,極東発航は近日中に行われるだろう。
いままでにさまざまな論争が生じている。一人の艦長などは非常に憤慨して,旗艦スワロフに来て相手の艦長を提督に訴えた。この事件が終わると同時に,またも一つの事件が起こった。旗艦の水雷隊の一士官が猿を飼っているのであるが,その猿を艦から放逐することを命じられたのである(この士官は室内に何匹かの猿を飼っている)。この事件の起こりは,その猿が上長官の部屋に入って乱暴をしたため,この上長官がその件を上申したことに原因している。このため二人は上長官の部屋で言い争いを始めた。これはみな遊びに夢中になったためである。
夜に入ってまたも事件があった。スワロフのひとりの士官が水雷艇演習の際に,オスラービアが自艦に対する水雷の演習発射を認めないといってオスラービアに向かって何事かを言った。それに対してオスラービアから,その発言をした者の氏名を教えてほしいとの要求がきたのである。たぶん,明日にはこの事件の上申書が参謀部に提出されるだろう。ここではいかに不愉快な生活を強いられているかが,この一事を持ってもよくわかる。

2006/03/01 in  | posted by gen

EntryPrevious | Main | EntryNext


コメント



コメントしてください