バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月19日

錨を抜いて外洋に出た。戦闘艦のすべてとアウローラが出航した。その他の諸艦は湾内にとどまった。私はロシア煙草の最後の1本を吸った。我が運送船の一部はサイゴンに赴き,ふたたび帰航していない。このことについて,どんな情報が世間に伝えられるだろう。ロイター通信によれば次のような報道を伝えた(これにしてもロイターはまだ信ずべき情報を伝える方である)。それによれば,戦争があって日本艦隊は我が駆逐艦ブイヌイブレスチャースチイ,および2隻の巡洋艦アウローラドンスコイなどを撃沈したという。これらの艦の近くを航行しながら,このような電報を読むのはいかにおもしろいことか。

続きを読む "4月19日"

まだ料理人を連れてきていないが,食卓の内容は少し良くなった。サイゴンから来る汽船から多くの食料品を得たのである。その中には「炭酸水」と銘打った日本の鉱泉もあった。
この鉱泉はもっとも多く我が艦隊に供せられた。私もこれを飲んでみたが,特別の鉱泉ではなかった。
食料品は汽船から分配された。あたかも飢えた狼が食を得たときのような,実に見るに耐えないような始末であった。アリョールの水兵たちは何かを入れてある箱を破り,これを挽き割った。一人の水兵は何のためか鉄拳を振り上げて軍医を殴ろうとしたが,その軍医は難を逃れた。二人の士官は一人の水兵と掴み合いになって,水兵を気絶させてしまった。水兵の頭はさんざんに叩かれた。何たる醜態か。フランス人はみなこれらのことを目撃していた。彼らはロシア人のことをどのようにみるだろうか。
食料品を積んだ汽船のほかにも1隻が來泊した。ギンスグルグ所有の汽船である。この船は1ヶ月半前にウラジオにいたという。船名はエワという。

昨日,フランス巡洋艦の将校たちが我が諸艦を訪問してきた。我々は2時に湾内に帰航して直ちに食事をした。記録の草稿を終えた。これは2回目の記録である。なおこの上に記録を作るべきか。この2部の記録に書いたことは何か。みなこれは破損・挫折等の歴史ではないか。
日本の艦隊については風聞でさえ耳にすることができない。日本艦隊は戦わずに我が第三艦隊をここに来させるのであろうか。ゴルチアコフユヒテルキエフキタイなどの諸船はすでにサイゴンに来たとのことである。これらの汽船は我が艦隊に石炭を搬送してきたのである。石炭はサイゴンにもある。この石炭はロシアのものであるが,フランス人はサイゴンの石炭を我々が積み込むことを許すだろうか。
明日はまたも船で出張しなければならない用事があり,多くの艦船に行かねばならない。
今日,スワロフの水兵一人が水雷艇のスクリューの下に墜落し,スクリューで強く打たれたが,骨折まではしなかったとのことである。

2006/04/19 in  | posted by gen

EntryPrevious | Main | EntryNext


コメント



コメントしてください