バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月20日

終日仕事をした。今日は一日駆逐艦で日を送ったようなものである。一日の苦労も終えたと思っていたところでブイヌイに行かねばならないことになったのは,すでにまったく日が暮れた後であった。
今日はアリョールの水兵が士官に対して乱暴した事件の審問があった。もし真面目にこの水兵の行動を見れば死刑を免れない。
サイゴンに我が運送船を護送したクバンテレックウラルなどが帰航した。まだ若干の運送船をサイゴンに送遣する準備をした。

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旅順開城の状況が明白になるにしたがって,フランスの新聞はますますロシア人に対して軽蔑の言葉を発するようになった。彼らフランス人はロシア人を称して(臆病者)だという。今度の戦争の全局の上にただわずかに光栄ある1ページ――旅順の防戦があったが,いまではこれさえも泥を塗られた。
フランスの巡洋艦はカムラン湾に碇泊している。我が艦隊がカムランを抜錨するまではここにとどまるのだろう。フランス巡洋艦がいるのは日本艦隊の襲撃に対して我が艦隊を保護するためとのことである。
そう,実に悪運の戦争である。我々は外国人に対して実に面目ない。敗衂に敗衂を重ね,侮辱と軽蔑のほかに何の得るところもない。我が艦隊にはその妻をウラジオに移住させようという仕度をしている将校がたくさんいる。ウラジオは如何に近くなったか。我々は非常な大航海をし,いまはわずかにその一部を残すだけとなった。この残りの航海は速やかに行うことができるのだろうか。いま我が艦隊は第三艦隊の来航を待っている。日本艦隊は我々を攻撃する準備をしている。日本艦隊の動静に関しては我々は風聞としてさえ得られていない。我々は,いま日本艦隊はどこにいるのか,その所在さえも掴んでいないのだ。しかし日本艦隊の方ではかならず我が艦隊の一挙一動を詳細に知っているに違いない。ああ万事が汚辱醜穢のみである。我々が全戦闘力を利用することができないことが明らかにされた暁には,その恥辱は如何ばかりであろう。

2006/04/20 in  | posted by gen

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