バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月23日

朝食後にダンボーフに出張する。この艦はまもなくサイゴンに赴くことになっている。ここでこの手紙を差し立てるつもりである。
昨日,オスラービアでまたも水兵の葬式があった。
ダンボーフには旗手将校も来る。しかし彼らはほとんど病気のために臥している。参謀官などは何かの毒に当てられて,みなほとんど病人になってしまった。私が幸いにして壮健でいられるのは感謝に耐えない。

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今日は奉神礼があった。「枝の主日である」(役者注:枝の主日とはキリスト教の復活祭の1週間前の日曜日で,信者はこの日のミサには棕櫚の葉を持って集う)。いままでどのぐらいの月日が経過したのだろうか。諸艦は夜中外洋に漂泊した。
夜は無事に明けた。イズムルードは朝に自艦のスクリューに鎖が絡まったため,潜水夫を潜らせて動かした。
ノルウェーの国旗を掲げた汽船が艦隊のそばを通過した。これを臨検したが微塵も疑わしいところは認められなかった。この船は日本の方から来航したものであるが,日本には寄港しなかったとのことである。
今日臨検を行ったノルウェーの汽船は最近の新聞を譲ってくれた。すべて英国で刊行された新聞であった。英国の印刷物はすべてにおいて寡黙を守っていることは驚くほどである。しかも英国人は日本を自国の同盟国として,日本の海軍のことに関しては一言も言及しない。しかし我が艦隊のことに関してはおよそ通信が可能なかぎりは何事についてもこれを掲載している。
このようなことをするのはひとり英国の新聞だけではなく,各国の新聞もみな同様である。日本のことに関していやしくも確実なことでなければ彼ら諸外国の新聞は努めてこれを隠蔽し,日本ではいままでに如何なる艦船を失ったかは誰も正確に知る者はない。それは艦船のみではなく,今日に至るまで誰も日本がどのような軍隊を出し得るのかを知っている者もいない。日本は約30万の軍隊を出し得るだろうと思われたが,いまや日本はすでに約100万の兵を出している。外国(英仏)の新聞は開戦以来の我がロシア軍の損害を計算して,約40万としている。ほんとうにそうだとすればリネウィッチの手中に残存するのは果たしてどの程度か。まったく少なくなって高々数万に過ぎないのではないか。今回の戦争のような恥ずかしいことは他にこれを想像することができるだろうか。この戦争はこうして不名誉な終局を迎えるのではないだろうか。

2006/04/23 in  | posted by gen

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