バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月24日

我が艦隊の近くにしばしば多くの商船が出没するようになり,我が巡洋艦と駆逐艦とはこれらの汽船を臨検した。
フランスの汽船が我が艦隊に非常に接近して来た。この船に乗っていたフランス人は我が提督に何事かを自ら提供したいという希望を表明した。後に,彼はただ第三艦隊がコロンボを通過した日にちを報告し,かつ満洲には何も新しい事件はないということを述べたに過ぎないということがわかった。

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我が諸艦は同盟者であるフランス人のために放逐されたカムラン湾付近をゆっくり往復して漂蕩している。
運送船は湾内にあって荷を積んでいる。外洋には波浪のうねりがあって,戦闘艦は軽く揺れている。一様に平凡かつ退屈な時間はいかにも長く感じられる。往くでもなく止まるでもなく,こんな感じで第三艦隊が来航するまで漂蕩しようとしているのである。いままでは幸いに無事であったがこれから時化になるだろう。最初私は風雨計や風に少しも注意しなかったが,いまこれらのことに興味を感ずるようになった。夜間には艦隊の燈火を減じたが,これはむしろ馬鹿げたことである。あるいは明かり窓を閉じ,あるいは士官室を真っ暗にせざるを得ない。もし明かり窓を閉じれば室内の暑さは耐えられない。

ウラジオとこことの隔たりは12日から15日の航程である。ウラジオは涼しくここは暑い。したがって感冒の病気が多くなるだろうし,言うまでもなく我が乗員の被服の不十分から衣服は切れ破れ,靴などはまったくなくなってしまうだろう。
フランス人は何らの新しい話を伝えず,われわれは新聞を得たが,その新聞によればフランスではカムラン湾のことについて多くの議論があった。フランスは日本を恐れている。ネボガトフ艦隊(第三)がコロンボ付近を通過したとの通信はまだ疑わしい。この艦隊の航路は違うからである。

2006/04/24 in  | posted by gen

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