バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月26日

ホンコーヘに入る。10時ごろに信号兵が震え声で報告するには,北方から我が艦隊に向かって航行してくる軍艦があり,その軍艦にはロシアの国旗を掲げ,かつ多くの信号を掲げているという。さまざまな想像がなされたが,すぐに事実が明らかになった。それはフランスの巡洋艦デカルトが来航して,我が艦隊に信号を送ってきたのである。この艦がロシアの国旗を掲げたのは,我々に対して信号を送るということを我々に知らせるためであった。
病院船1隻がバタビアに來泊したとの情報があった。この情報にはネボガトフの艦隊とともに来るカストローマにいて云々した。バタビアはスンダ海峡付近の島嶼である。この電報は何を意味するものなのだろうか。もしかしたらカストローマだけがスンダ海峡を通過し,その他の諸艦はマラッカ海峡を通過することを意味するのではないか。あるいはまた,この電報はカストローマに引き続いて全艦隊もバタビアに来航することを意味するのではないだろうか。もし第三艦隊がマラッカ海峡を通過するとすれば,我が艦隊に合流するのは遠くない。

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これからホンコーヘの錨地に赴く。艦船の一部はすでに湾内に入り始めた。フランスの提督は我々に対して明らかな同情を表した。この提督の勧めがあれば我々はどこでも停泊することができる。この提督は多くのことに対して見て見ぬ振りをしてくれる。しかしフランス政府の態度は万事についてこれとは異なってものである。もし提督が我々に対してこのような同情を示してくれなければ,我々はどんな困難に陥るかもしれなかった。その一例を示すと,フランスの提督は我が艦隊がカムラン湾を出てどこに行くのかを知っていたが,かれは知らないように装った。このように,ときにすべてのことが一個人の如何に関することもなくはないのである。
いよいよウラジオに接近する。我々はいままで約2万8500露里を航行してきた。残るところは4200露里であり,全航程の八分の七はまず無事に乗り越えたことになる。
諸艦はすべて投錨した。スワロフはドイツ汽船から石炭を積み込んだ。このドイツ汽船の乗員の一部は中国人である。その中には日本人もいるようだ。カムラン湾に食料品を運送してきた汽船タグマーの乗員の中に2人の日本人を認めたことをあなたに書いたかどうかは忘れた。日本の艇卒任務の組織は果たしてどうなのだろう。どこを見ても至るところに日本の間諜を見るではないか。
まもなくネボガトフ艦隊に合流する。我々は万事倦厭に絶えず。ネボガトフ艦隊と合体すれば他国の港湾に漂泊すべき何らの理由もない。ウラジオ付近の結氷はすでに解けたとの情報もある。したがってもし日本に対してこの機に乗じて妨害を与えなければ日本人はウラジオに対して海軍の行動を開始するだろう。
もしウラジオが陸上から遮断されているのであれば,日本に対して阻害を与えなければならない。そうでなければウラジオは第二の旅順になるのを免れない。
復活祭はもうすぐである。この船中には何ら祝祭の支度を確認することはできない。やはりいつものように飲食して生活しているに過ぎず,何らの用意もなく至るところみな塵芥と石炭だけである。話題も興味も,少しも祝祭の様子はない。

2006/04/26 in  | posted by gen

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