バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月28日

鼠は異常なほど我が物顔に走り回っている。今夜私は鼠に足を噛まれた。絶対に退治しなければならない。いまそれに取り掛かるところだ。
無線電信班では電信を感じ始めた。ただしその感度ははなはだ不定である。ある人々はこの電信の符丁を総合して,もしかすると(第三艦隊とともに来航する)ニコライが出しているのではないかと推測した。とにかくネボガトフ艦隊の来否を確かめるために外洋に巡洋艦が派遣されることになった。ネボガトフ艦隊とともに郵便物も来着するだろう。
ボロジノの無線電信班が電信の電流を受けたという報告をしてきた。またシソイの士官が来て,この戦闘艦でも非常に明確な電信を感受し,その電信はニコライスワロフに対してその所在を問う内容であったということであったが,確かにそれはニコライが発したものであろう。実際のことはまもなく明らかになるはずである。もしネボガトフ艦隊と会うことになれば,この艦隊の諸艦に臨検し,石炭を積み込んだ後にウラジオに向けて航行することになる。いまやスラワ,その他の諸艦の来航を待つことはできない。たぶんこれらの諸艦はいまだロシアを出航していないものと思う。

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艦隊の所在をわからせないようにするため,今日までここから郵便電信を発することが禁じられていた。
ニコライの電信のことが明らかになった。フランスの2隻の某汽船がたがいに無線電信で話していたらしい。それで,このことに関する噂は止んだ。
軍刀を持っていないのは非常に不便である。軍刀を帯びる必要があるときには他人のものを借用している(軍刀を海中に落として以来,今日はじめてその必要性を感じたが,これを用いる機会が少ないのはよいことである)。我々はすべてにおいて特別であり,すべてロシア式である。
ホンコーヘ湾に入って投錨した。湾の入り口には哨艦を配備したが,艦隊は湾内を偵察していない。今日,急に湾内から出航の動きを始めた汽船がいるのが見つかったのであるが何の汽船でどこから来たのか,また何をしようとするのか,非常に危惧の念を起こさせた。しかしこれはすでに4日前からここに停泊していたフランス汽船であることがわかって安心した。あなたはいかにこれらのことを面白く感じるだろうか。
ホンコーヘの湾内は非常に広く,湾内には多くの入り江がある。しかしあまり利便性のよい湾ではない。日本の水雷艇はあらかじめ隠れていて我々の予想しない方向から我が艦隊を夜間に襲撃するということもあり得るのではないだろうか。
日本人はもとよりそういうことができないわけではない。もし我々があらかじめ湾内を偵察していなかったことと我々がここに入ることを知っていたなら,日本人はは襲撃してきたに違いない。しかし我々にはたびたび幸運なことがある。「猿」と「放漫主義」の戦争だというのは真実である。
コステンコの病気見舞いのために病院船アリョールに行かねばならない。私はこの汽船をあまり好きではない。航海中に私はたった一度この汽船を訪れただけであるが,それもやむを得ない用事のためであった。この汽船に対してこのような感じを持っているのは私一人ではなく,多くの人たちがこの船に対して一種の悪感情を抱いている。
汽船エワはまもなくサイゴンに赴く。この船に通信を託すことが許可された。
今日の室内は涼しい。わずかに摂氏25度で,楽に座って執務ができた。私の考えでは,ネボガトフはホンコーヘに5月2日から6日に来るものと思う。もし6日に来るものとすれば,ネボガトフ艦隊がウラジオに出発する前にその破損を修理するために若干の日にちを必要とするから,少なくとも5月下旬にならなければウラジオに到着することはできない。これもうまくいった場合である。

2006/04/28 in  | posted by gen

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