バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月1日

昨夜は他の部屋で寝た。その部屋には明かり窓はなかったが甲板に通じる通風孔があった。いま風の方向が変わった。しかし波浪は依然として高い。
私の私室は非常に蒸し暑い。グロムスキーその他の駆逐艦も昨夜は無事であった。グロムスキーは今日は曳航されることになる。我が艦隊がノシベからオーストラリアを回るか,もしくはスンダ海峡を通過して極東に向かうということは,だいたい全世界の人々が想像しているところである。しかしすでに私が前にも記したように,艦隊はマラッカ海峡を通過する予定である。人々はみな,この大胆な行動に驚くだろう。我が艦隊は1,2日もすれば多くの商船が通る航路に出る。そして数日後には全世界においてふたたび我が艦隊の所在が知れ渡るであろう。そのとき,我が艦隊が選択した航路をも知ることになるのはもちろんである。

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日本の艦隊はその全力を挙げて自ら欲する地点で我が艦隊を迎撃するであろう。今後の戦争は全戦局に対してもっとも重要な時期を画するものとなるはずである。いまや重要な事態に一変革を来たそうとする我々にとってもっとも不利不幸な戦局を迎えようとしているのである。我々はサイゴンではなくカムランに向かう。ここはサイゴンから北に350露里にある小さな湾であって,海岸には要塞と小さな市街がある。もちろん電信はないが郵便局はある。マラッカ海峡まではなお1000露里ある。マラッカ海峡の長さもほとんど同じ里数である。艦隊ははるかに遠くシンガポールを望みながらその沖を通過する。
艦内の人々はみな戦争の後で着替えるための衣類を得ようとしてその携帯品を艦の中の防御区域(鋼鉄で防御された区域)に隠し始めた。私は何を隠せばよいかがわからない。また人々は救助袋の適否などを調べている。みな敵の艦隊が近いことを感じ始めたのである。
戦争のときに艦内のどこにいるべきか,私はいまだその場所をも選定していない。敵水雷艇の襲撃の際にはもちろん艦の上部にいないわけにはいかない。もし戦闘艦が撃破されてまさに沈没しようとするときに艦の下部から上がることができない虞があるからである。ペトロパウロフスク初瀬などの例をみれば,戦闘艦が水雷に触れて爆破されるとすぐ,ほとんど瞬時に沈没するのである。したがって下から上に上がることなどできそうもない。
明日は石炭積み込みがある予定だが,波浪のうねりは依然として大きい場合には積み込みを行うかどうかはわからない。
晴雨計は時に昇り,あるいはひどく降下している。私は何ごとも忍耐しよう。まさに会おうとしている危険に対しても平気である。危険は到底避けることはできないのだ。むしろ我が艦隊の運命を速やかに定め,少しでも将来に対する希望を持つことの方がよいと思う。

2006/04/01 in  | posted by gen

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