バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月4日

今日,私は別に疲労は感じていなかったが8時に転寝して眠った。明かり窓は開いていて風も入ったのでそんなに暑くはなかった。私はどんなに起こされても目が覚めないほど熟睡した。
4時ごろにはじめて目を覚ました。それも波が明かり窓から入って足を濡らしたからである。起きて衣服を着替え,明かり窓を閉じてまた寝た。実によく寝た。
昨日は石炭積み込みには大変よい天気であった。今日は波が高く,到底積み込みをすることはできない。
ノシベ出航後,夜中に艦隊を停止させるような事件がひとつも起きなかったのは昨夜が始めてであった。今日はオスラービアに惨事があった。この艦で3人の水兵が蒸気のためにやけどを負った。重傷だったので生死は不明である。
狂乱とも形容すべき波浪には実に閉口する。海上は静かだと思っているのに巨濤が襲ってきて室内に海水が浸入し,みな濡らしてしまう。今日もまた私は海水を浴びせられ,寝台を濡らされた。

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昨日から私がしきりに眠気を催した原因がいまはじめてわかった。昨日,私は新しいフランス製のタバコを吸い始めたのだが,このタバコにはアヘンが入っていたのだ。実に危ない。私はこのタバコを100箱以上も持っている。現在はタバコは非常に大切である。他のタバコを吸って,このオピームの含みのあるタバコは予備隊として保存しておこう。
駆逐艦ブウーウィは昨日ウラジミールに衝突して自艦の艦首にある水雷発射管を破損し,用をなさなくなった。マラッカ海峡通過の際は,艦隊は4個の梯隊をつくって航行するとのことだ。運送船はすべて中央の梯隊となり,戦闘艦は右端に列し,巡洋艦は左端に列する。実に奇怪である。たぶん混乱を来たすだろう。私たちはいままさに水雷潜航艇,駆逐艦などを有する敵の艦隊と出会う前夜とも言える。
私は安心し,むしろ喜んでいる。1ヵ月後にウラジオに着くだろうという未来の希望は我々を激励する。私は毎日幾度となく地図を開いて,すでに通過した航路にその記録をつけ,ウラジオまでの航程を頻繁に数えている。
ロシアではこのウラジオに失望し,そこを自国のために保持することを望まないのだろうか。もし艦隊がカムラン湾に到着してウラジオが陥落したことを知ったなら,我が艦隊の位置は果たしてどうなるのだろう。そのときには我が艦隊は根拠地を失うことになる。果たしてそうなったなら艦隊はどうするつもりなのだろう。日本領の島嶼のひとつを占領して,それを自分の根拠地としようというのか。軍事品・糧食の供給や通信・電報などの便利が得られないのはどうしようもない。
中立国の港湾はもとより我が根拠地とすることは許されない。日本の海軍は名目上オランダの領地であるナトラン群島附近を自国の領地のように支配しているとの噂もある。これらの群島は我が艦隊航路の途上にあって,マラッカ海峡の続きであるシンガポール海峡よりやや北にある。もし今日まで新聞紙上にわが艦隊の所在地が伝えられていないとすれば,明日は全世界がこれを知ることになろう。
私たちはブリヤウェー島の灯台のそばを通過する。我が艦隊のことはこの灯台から全世界の果てまでも発信されるだろう。マラッカ海峡においてどんな忌むべき事件が起きるのか。日本艦隊はどこかの狭い場所で水雷艇の襲撃を行い,ついで我が艦隊の前面に現れて,その巡洋艦が後方から攻撃するのを待って砲火を開くだろう(日本の巡洋艦は我が艦隊を追尾して海峡を進み,必要な時期を見て艦隊に肉薄し,攻撃を加えるだろう)。このようになった場合には我が艦隊は大きな危険に陥るはずだな。我が艦隊は備砲全部の発射の便を失って,わずかに艦首と艦尾の備砲によって発射できるだけとなろうから,我々の運命も非常に大変なものになる。
他の艦船の灯火が見えた。我が艦隊としては不要の灯火を消すように命じられ,明かり窓は戦時用の蓋で覆われた。今夜,あるいは敵の襲撃があるかもしれない。さあ,今夜戦争の時は訪れた。前途が不安な夜はどれほどか。そしてその終局はどのようになるのだろうか。

2006/04/04 in  | posted by gen

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