バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

4月8日

11時にマラッカ市の沖を通過した。この市陸岸の市街の灯火は艦上からもよく見えた。
我が艦隊がマラッカ市街の沖を航行する際に,地平線上に帆船が現れて我が艦隊の方に向かってきた。この船を探海灯で照らし,駆逐艦がこれに近づいて艦隊の傍らを導いて通過させた。四辺暗闇の海上に煌々たる探海灯の紫光に帆船の白色の船体と白帆を照らした光景は実に美しいものであった。この帆船は右方戦闘艦の艦列にもっとも近くを航行した。
黎明まではまだ4時間ある。各士官はだれもほとんど一睡もしなかった。私はいま寝ようかと思っている。あるいは日本艦隊に会わずにウラジオに到着することができるかもしれないが,もしそうなればこれは実に意外なことと言わねばならない。海は広くかつウラジオまでの里数はなかなか遠い。我々のこれからの航程は日本にわからないように,たくみに航路を選定する必要がある。カムラン湾からウラジオまでの間に途中にどこであっても寄航することは困難ではあるが,まったくできないことではない。

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戦地において奉天の敗戦後,どんなことがあったかは我々は知らない。奉天戦のことについても実際は通信員の電報で知ったに過ぎない。多くの人々は今に至るまで,その真偽を疑っている。しかし私はこれを信じている。今日まで通信員が発したフランス電報はすべてこのことを確証しているのである。
我々はもう少しでシナ海に入る。我々がマラッカ海峡を通過するときに日本が何もしなかったことに関して様々な推測がなされている。ある者は,日本は我々がまもなく通るビーオ海峡で激撃する準備をしているという。またある者は,英国人は複雑な事件が生じることを慮り,商船が多く往復するマラッカ海峡に水雷を敷設することに反対したのだという。またある者は,日本の海軍は我々をナトラン群島で待ち伏せているという。もっともこの島の附近で交戦するのは,我々にとっては有利である。この島の附近であれば我が艦船は動きがとれるからである。
今夜何かが起きるかどうか。ある者は憶測を逞しくして,平和はすでに締結されたのではないかとの説を掲げた。もしほんとうにそうだとすれば,平和は我々にとってははなはだ恥辱となる。ロシアは果たしてこのような挙に出るのだろうか。
今日,私は6時まで私室を出なかった。甲板に出て次のような新しいことを知った。すなわち午後3時ごろにシンガポールからロシア領事が曳船汽船で艦隊に近づき,次のようなことを報告したという。領事の報告では3週間前に日本海軍は運送船,浮動工作船,病院船,駆逐艦など12隻を伴って全力を挙げてシンガポールに来航した。日本艦隊はシンガポールからボルネオ島に赴いた。ボルネオ附近にラブアンという小島があり,日本人はこの島でロシア系ユダヤ人が所有する地所を買収して自分の領土のように支配している。日本人はラブアン島とシンガポールの間に海底電線を敷設した。こうして日本人は昨晩すでに我が艦隊に関する行動の情報を得たはずである。ラブアン附近にある日本の海軍は運送船,工作船,病院船,駆逐艦を除く軍艦22隻からなる。今夜は水雷攻撃があるだろうから,明日は海戦を免れることはできない。これが領事の報告である。その結果は果たしてどうなるのであろう。清潔な衣服に着替え,かつ砲声に対応するために綿を用意しなければならない。
硝艦から報告書を得た。みな捏造された虚言だけであった。10時を過ぎたが,いまのところ無事である。もともと日本人は九の日をもっともよい吉日とみなしている。彼らはもしかしたら9日まで戦争を延ばしているのではないだろうか。領事の話では我が艦隊のマラッカ海峡通過は日本人にとっても,また世界の人々にとってもまったく意外だったのだという。もし我が艦隊がこの海峡で何らの障害にも遭わないとすれば,これは万人の眼が他の方向に傾いていることを示すことになるのではないか。
いま,どこかの汽船が前方から来たのに出会った。その船を探海灯で照らして艦隊の傍らを通過させた。今日の正午から起算してカムラン湾まではまだ千五百露里を航行しなければならない。もし途中何の故障もなければ,我々は今月12日にはカムラン湾に到着する。たぶん今日の夕刻の電報で我が艦隊がシンガポール附近を通過するという情報が伝えられるだろう。
ウラジオとハルピンは,まだロシアの掌中にあることを知った。寝て一睡しよう。しかし敵の攻撃があれば,どうすべきだろう。私は襲撃と交戦とに関しては多少冷静になっている。戦争が始まっても別に驚かず,平然としていられると思う。果たしてほんとうにそうかどうかはまもなく確かめられるだろう。
我が艦隊はまたも世界の注目を集めることになった。我が艦隊の勝敗如何が戦局に対していかに大きく影響するかはわからない。勝利の希望ははなはだ少ない。しかしもし勝利を収めることができれば戦局に一大変動を来たすだろう。日本艦隊が近づいていることと,その衝突が免れないことを知ると,人々の表情はいずれも深刻になった。

2006/04/08 in  | posted by gen

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