バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

5月17日

今日の石炭積み込みは,たぶん外洋における積み込みの最後になるだろう。
石炭を摘み取られた後のタンボーフメルクリーはサイゴンに帰航するものと思う。これらの船に通信を依頼しよう。また他の運送船も我々と分かれて上海に赴くだろうとの噂がある。残るのは軍用船(カムチャツカイルツイシアナドイリ)その他,軍需品を積んでいるコレヤのみである。
もしこれが実行に移されるものとすれば,我が提督は艦隊のウラジオ到着前に日本艦隊と艦隊戦をすることを自ら期しているものと察せられる。
夜10時,無線電信班において電信の信号を感じた何人も,その意味を解することができなかった。

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戦闘艦内は驚くほど静寂である。もっとも賑やかだったのは,かの大西洋で英国巡洋艦が我が艦隊を包囲したときである。私は少しも驚かず平然としていた。何事かがあることを予期したからである。
今夜は月明かりで白昼のようである。しかしこのような明るい夜は水雷艇の攻撃には好ましくはないのであるが,潜航艇の襲来には便利である。海上は穏やかだ。うねりはあるものの静かで低い波である。
まもなく涼しくなるだろう。台湾に接近した。人々はみな台湾のことに興味を感じている。うまくいって何事もなければ12日から15日を経ればウラジオに到着するだろう。
私の戦争の準備としては品物を整理してこれを仕舞いはじめた程度である。艦内にかなりの騒ぎがあった。明日は審問があるだろう。
もし好天気なら朝6時から石炭の積み込みがはじまる。ポートダイオートで我が艦隊から分離したのは運送船グスターワレールヘ,給水船グラフストロガノフのほかに浮動工作船に充てられた運送船クセニヤ等である。クセニヤをここに曳いてくるべきだろうか。この船は速力が遅く,工作船としてもはなはだ不十分だということである。私はこの船には乗ったことがない。ネボガトフ提督が率いてきた諸艦船にはいずれも一回も赴いたことはないのである。

2006/05/17 in ポリトゥスキーの日記 | posted by gen

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