バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

5月23日 (最後の日記)

東シナ海にいる。フェリケルザム提督は危篤に陥った(長村注:同提督はこの日に病没している。しかしこの事実は艦隊への士気の低下を恐れてのこともあって極秘にされ,戦闘艦オスラービアは将官旗を飜したまま日本海海戦に突入することになる。)
石炭を積み込んでいる。天気は曇っているが,静穏で涼しい。多くの人々はすでに半外套を着はじめた。
イルツイシの艦長は,この艦の速力が8ノット以上は出せないことを申告してきた。いまこの運送船をどのように処遇すべきだろうか。この艦は軍艦旗を掲げている。もし上海に行かせれば武装を解かれて戦争終結まで何も働くことができなくなってしまうだろうし,艦隊に伴わせれば全艦隊にとって無用の邪魔者になってしまう。
わたしは自らこの手紙を差し立てることにする。故郷の家族に手紙を出そうとするものはいないのだ。みなウラジオから手紙を出したほうが早く着くという。しかしそもそもウラジオから発送することが期待できるものなのか。また,どこから発送する手紙が早く着くかはわからないのだ。
ウラジオまでは1,200マイル(2,100露里)を残すだけとなった。うまくいけば6,7日でこの航程を走破できるだろう。
私は自らこの手紙を差し立てることにする。故郷の家族に手紙を出そうとするものはいないのだ。みなウラジオから手紙を出したほうが早く着くという。しかしそもそもウラジオから発送することが期待できるものなのか。また,どこから発送する手紙が早く着くかはわからないのである。

長村注:祖国ロシアの妻の元に届けられたポリトゥスキーの日記は,これが最後となった。ポリトゥスキーの搭乗艦スワロフは4日後の27日午後7時20分に日本の連合艦隊第五船隊によって日本海で撃沈され,彼も運命をともにした。少なくともその前日までは日記を書き綴っていたかもしれないが,投函される機会はもはやなく,書かれていたとしても艦とともに海底に沈んでしまったのであろう。

2006/05/23 in ポリトゥスキーの日記 | posted by gen

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