バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

5月4日

11時ごろに信号の砲声の音を聞いたので上着を着て甲板の上に出た。艦内のいたるところに人々が駆け回って,戦闘の際に彼らのいるべき位置を確認しようと急いでいた。そこここに「一発か二発か」と質問しているのを聞いた。これは号砲のことを聞いているのである。一発の信号砲は全艦隊の戦闘演習の警報であり,二発の場合は敵艦が近づき実戦があるという信号である。いまの号砲は一発であった。夜間の警戒は我々には非常にまれであって,みなはこれに慣れていない。各艦は探海灯を照らした。

続きを読む "5月4日"

朝8時,我が艦隊は湾に入った。駆逐艦は電報を待って明日来ることになっている。もし第三艦隊自らホンコーヘに来着しなければ,この艦隊に関して明日はその消息を得られるものと思う。
手紙を差し立てるためにはドイツ石炭船に託す以外にない。我々は助け手のない子供と同じで,手に郵便物を握っていても如何ともすることができないのである。このような怠慢と放縦とが如何に人々を激しく駆り立てるかは,あなたには想像できないであろう。
もし何事をもすることができなければ,人々はみなこれに慣れてしまう。何らの困難もなくできることでも誰もこれを慮ることをしない。
汽船エワに出張しなければならない。この船で何かが破損したということである。
ホンコーヘを放棄して少し北方に移るかもしれない。しかしこれも想像に過ぎない。
駆逐艦ブラーウィに手紙を託すことができた。この艦は明日郵便物のために出航する。私はもし幕僚の一人でなかったとしたら手紙を出すことはできなかった。
今日はグロムキーオレーグアナズイリエワなどの艦に出張した。汽船エワはフランス国旗を掲げずドイツ国旗を掲げていた。この船は非常に不潔な汽船である。
従卒ゴロフコは他艦に移された。彼は私のところに来て証明を与えてほしいと涙を流すばかりに願ったが,もちろん私はこれを与えることはしなかった。

2006/05/04 in ポリトゥスキーの日記 | posted by gen

EntryPrevious | Main | EntryNext


コメント



コメントしてください