バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

5月9日

まだ抜錨していなかったが,我々を追い出すためにまたもフランスの巡洋艦が来航した。これを機に錨を上げて全艦隊が動き始めた。第三艦隊を迎えるために赴いたイズムールドドネブルが帰来したが,両艦は第三艦隊には遭わなかったとのことである。リオンジェムチューグはまだ帰航しない。あるいはこの2艦はネボガトフ艦隊に出会ってこの艦隊に合流したのではないか。
ネボガトフ艦隊から一歩先に来たウラジミール・モノマフからの電信を受けた。第三艦隊は一まとまりになって来艦するという。まもなく合流するだろう。
第三艦隊の状況はどうだろう,またその士気は果たしてどの程度のものか。艦長はどういう人たちだろう。それを知ることはなかなか興味がある。第三艦隊の多くの艦長に対してはみな嘲笑しているのだ。彼らは従来の官職では知られているが,戦争になれば万事が変ってしまう。不良なるものが良好なるものに変じ,あるいはその反対もあり得るのである。
午後2時,ネボガトフ艦隊のマストや煙突などが見えた。人々は欣然としてブリッジに集まった。みな望遠鏡を奪い取るようにしていた。ついに我々は前進することができる。これ以上,何も希望することはない。

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モノマフと無線電信で話を始めたとき,これがほんとうにモノマフであって日本軍艦ではないかどうかを確かめるために,この艦の副艦長の姓名が質問されたが,この艦はすぐにこれに答えた。この問いはスワロフから発したのである。
ドネブルは夜間に第三艦隊を見つけたが,これが日本艦隊かもしれないと恐れ,急いで後方に退却したことがわかったので,この艦をネボガトフ艦隊に合流させるために差し向けた。
私もブリッジに行ってみよう。いままさに両艦隊は互いに接近し,互いに礼砲の発射を始めた。

私は何をすべきだろうか。頭はまったく馬鹿になって,何を書いたらよいかもわからない。私はただ幸福と満足と喜悦とを感じるだけである。すべてのことを書き留めようと思ったが,気だけが焦って心は錯乱してしまったようですべてを忘れてしまうのではないかと恐れる。
ネボガトフ艦隊はさらに接近し,人々はみな甲板の上に急いだ。私はこの艦隊の来着に大いに敬礼を表するために新しい帽子をかぶった。
見よ,アブラクシンが来航した。私は5年前にこの艦で働いたときにはよもやこの艦をここで見ることになろうとは夢にも思わなかった。
アブラクシンウシアコフセニヤウィン等はいかに奇妙な形であることか。艦体は短小で煙突だけがとても長い。これら諸艦の風姿はあたかも棘々した青年を見ているようである。
ネボガトフ提督は4時にスワロフに来訪し,ロジェスウェンスキー提督と接吻した。艦隊が無事に合流したことを祝すために,幕僚は招待を受けてシャンペンの杯を挙げた。ネボガトフは食卓に着いて艦隊の航海中のことについて話をした。
この艦隊の航海は成功であった。諸艦には損傷もなく理想的な航海であった。夜間には燈火を減じながら来航した。艦隊がピーナンを通過したのはみな先月28日であると思っている。マラッカ海峡に入ったのは5月2日で,この海峡内に2日間の無用な時日を浪費した。
ニコライからスワロフにネボガトフ提督を送ってきたカッターは郵便物を持ってきた。提督の食卓から席を離れるのは礼儀に反するところであるが,私はいたたまれずに郵便物を見に行った。郵便物はすでに幾包にも分けられており,私の郵便物はすでに私の部屋に持っていかれていた。私は部屋に急いだが心も有頂天になって,小包から手をつけるべきか手紙の方を先にすべきかを迷った末にまず小包を開けた。そこには靴足袋,鼻巾,肩章,菓子タバコ,石鹸コローム水,香水,刷子タバコ,その他数々の物品があった。ただ,それもこれも一瞥しただけであった。従卒は私を助けてひとつひとつ分類し,かつ品物を拭き清めた。菓子は溶け缶詰は流出していた。新聞紙も鼻巾も石鹸もみな粘りついており,私は非常に注意してこれらを剥がした。私は喜びのために心が動いて何も書き記すことができない。まず心を落ち着かせなければならない。
コローム水と香水とは異常なかったが缶詰はよく封じてあったもののすでに流出していた。タバコは少し崩れていたが吸うのには支障はなかった。新聞紙はまったく読むことができなかったが,あなたが色鉛筆で印を付けたところだけを読んだ。私は前後の脈絡に頓着なく書き記す。明日はこの手紙を差し立てるつもりだ。私は何となくぼうっとしている。

2006/05/09 in ポリトゥスキーの日記 | posted by gen

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