バルチック艦隊技術将校,ポリトゥスキーの日記

ポリトゥスキーの日記を終えるにあたって(その一)

時事新報社によって翻訳された『露艦隊来航秘録』から,最後の日記の後の解説文を,これも現代文に直して紹介しておく。

これ(5月21~23日の3通の日記)は上海から送られた最後のものとなった。彼の妻がこれを受け取ったのは6月である。 海戦の際に戦闘艦クニャーズ・スワロフが散弾の貫通孔を受けたために,技師ポリトゥスキーは艦底でその孔を塞ぐ指示をしていた。その後,この艦の旗手佐官がポリトゥスキーに病室で会ったのが最後になった。佐官が語るところによれば,そのとき彼が戦況はどうかと聞いたので「悪い」と答えたという。 その後幕僚の一部は駆逐艦ベドウィに移乗し戦闘艦を離れ去ったが,艦底にいた者を呼び寄せることはしなかった。彼らを省みることなくロジェストウェンスキー提督の「貴重な」命は救われたのである。

以上である。こうしてポリトゥスキーは,あと3ヶ月で31歳の誕生日を迎えるという若さで短い一生を終え,スワロフとともに海底に沈んだ--。

2006/05/24 in 日記解説 | posted by gen

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